分子治療学ケミカルサイエンス
有機合成化学と計算化学の融合で新たな創薬科学研究を切り拓く
――有機分子の合成・設計・探索技術の先鋭化と融合を基盤に、疾患制御を志向した医薬機能分子を開発する
研究キーワード:有機合成化学、天然物合成、天然物化学、計算化学、感染制御、難治性疾患制御
“薬科学”とは、未知の生命科学現象や自然科学現象の基本原理を分子レベルで解明し、そこから得られる基礎科学的な知見を創薬科学研究へと応用する学問である。研究対象となる分子が医薬品などの低分子であれ、RNAや抗体などの高分子であれ、標的現象を司るミクロの世界の分子間相互作用を化学的な視点で検証し、それを出発点に病態の理解や治療といったマクロな事象の研究へと段階的にビルドアップしていくアプローチが、薬科学研究の特徴である。本プロジェクトを率いる薬学研究院教授の根本哲宏は、有機分子を活用した病態の解明やアカデミア創薬を目指す学問を「分子治療学」として定義した。その中でも特に、従来の有機合成化学、天然物化学、計算化学、イメージング化学に加えて、近年注目を集めるコンピューティングを活用したインシリコ薬物設計などの技術に焦点をあてた研究を「分子治療学ケミカルサイエンス」として定め、薬学研究院の研究者を中心に研究拠点を立ち上げた。
本研究拠点では、有機化学と計算化学とを融合させた新しい研究領域を開拓し、創薬への応用が期待される天然物の化学合成や、核医学診断薬剤の開発に取り組んでいる。また、拠点内の有機化学技術を活用した感染症、難治性希少疾患を標的とする基礎研究など、最先端の薬科学研究も進めている。特に製薬企業の関心が得られにくい、感染症創薬の研究や、難治性希少疾患の創薬研究は、アカデミアからの研究成果が期待される重要な分野である。根本らは、有機分子の合成・設計・探索技術の先鋭化を基盤に、各分野の専門家が持つ独自の技術を融合させていくことで、アカデミア創薬へとつながる画期的な分子の創出を目指している。
複雑な天然物を化学合成で供給するために
「合成化学者であれば誰でも、天然物などの複雑分子を合成できるかと言えば、答えはNoと断言できます。キラリティー制御や反応開発の技術を自在に活用できることは大前提で、あらゆる標的構造に対して、最適な合成戦略を設計できる高度な技術と経験が不可欠です。」根本は言う。これらの技術を持つ合成化学者は千葉大学の薬学研究院に集結している。根本が率いる薬化学研究室では、天然物合成のための新規合成手法の開発と、天然物合成を効率化する新しい合成ルート設計法の開発を進めてきた。
優れた医薬品となり得る分子は3次元的な構造を持つと言われているが、フェノール類をはじめとする2次元的な構造の芳香族は非常に安定で、芳香族性を壊す脱芳香化反応による3次元構造化は容易ではない。そんな中、根本は2010年に、脱芳香化反応において、分野の研究概念を一変させる論文を発表した。これまで、遷移金属触媒を用いるフェノールと電子不足反応剤との置換反応は、酸素原子上で反応するのが定説であった。しかし、根本は、緻密な反応制御により酸素原子上ではなく、芳香環上でのイプソ位置換型反応を実現したのである。本合成手法は、天然物の立体構造を化学合成により構築していく際の強力な武器であり、創薬研究において極めて汎用性が高い。この報告を境に、数多くの研究者が本領域に参入した。コロンブスの卵とは正にこのことである。
天然物合成は山登りと同じで、ゴールを目指すルート自体は何通りも考えられる。しかし、最も効率の良いルートはどれか?途中で引き返すことになるルートはどれか?などの判断は、これまで研究者の知識と経験に頼らざるを得なかった。根本は中核研究者らと共に、合成ルートの妥当性をコンピューターシミュレーションにより検証し、最適合成法をバーチャルに設計してから実験により答え合わせをする新しい天然物合成戦略の検討を進めている。この革新的な手法は、複雑な天然物の合成研究などにおいて特に有効性が実証されつつあり、これを近未来の天然物合成のスタンダードにすべく研究を進めている。
「天然物のような複雑分子でも簡単に大量合成することができる段階にまでに技術が進歩すれば、創薬研究の選択肢が拡がることは間違いありません。その実証研究の場として、この研究拠点を活用していきたいと考えています。」(根本)
Members
推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
根本 哲宏 | 教授(薬学研究院) | 有機合成化学、天然物・中分子合成 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
荒井 秀 | 准教授(薬学研究院) | 有機合成化学、天然物合成化学 |
原田 真至 | 助教(薬学研究院) | 有機合成化学、天然物合成化学 |
原田 慎吾 | 講師(薬学研究院) | 有機合成化学、計算科学 |
中島 誠也 | 助教(薬学研究院) | 有機合成化学、計算科学 |
鈴木 博元 | 助教(薬学研究院) | 放射性薬品化学、イメージング化学 |
石川 勇人 | 教授(薬学研究院) | 有機合成化学、天然物合成化学 |
北島 満里子 | 准教授(薬学研究院) | 天然物合成化学、医薬化学 |
原 康雅 | 助教(薬学研究院) | 天然物合成化学 |
星野 忠次 | 准教授(薬学研究院) | 計算科学、インシリコ薬物設計 |
髙屋 明子 | 准教授(薬学研究院) | 微生物学、分子生物学、感染制御学 |
尾野本 浩司 | 助教(真菌医学研究センター) | ウイルス学、免疫学 |
中村 浩之 | 教授(薬学研究院) | 薬理学 |
松本 泰彦 | 特任准教授(未来医療教育研究機構) | 知的財産 |