メタロミクス研究拠点
生命金属の機能を理解し疾病の予防や治療に役立てる
――周期表上の個々の金属の特性を理解し、生命科学分野に応用する
研究キーワード:生命金属科学、メタロミクス、セラノスティクス
生命現象をミクロな視点で見ると化学反応の集積であり、そのほとんどは元素のレベルで見ると炭素、水素、酸素、窒素が中心となった有機化学反応として進行している。この有機化学反応を制御する上で、鉄、亜鉛、銅をはじめとする生体内にごくわずかに存在する金属元素が重要な役割を果たしている。生体内の微量金属元素による制御の破綻や毒性元素による生体化学反応の撹乱は、生命体を維持するために必要な化学反応が適切に進行することを阻害し、最終的には疾患へとつながってしまうのだ。
ヒトは自らの生命を維持するために必要な元素を進化の過程で取捨選択し、現在では約20の元素がミネラルとよばれる必須元素(生命の維持に不可欠な元素)として知られている。必須金属元素のほとんどは生体内での必要量・存在量が極めて微量で検出が難しく、これまであまり研究が進展していなかった。しかし近年の分析技術の発展に伴い、微量な必須金属や意図せず体内に存在する非必須金属(これらを合わせて生命金属とよぶ)の測定が可能になり、生命と金属の関わりを統合的に理解する学問領域としてメタロミクス(metallomics)が2002年に提唱された。
千葉大学大学院薬学研究院 旧衛生化学研究室及び予防薬学研究室では、メタロミクス提唱当初から、先端分析を応用した独自の研究手法を構築し、必須元素の中でも存在量が極めて微量な金属の代謝機構の解明といった世界を先導する成果を挙げている。小椋が率いる本研究プロジェクトでは、必須元素以外の金属元素も含めてその生命機能を解明し、その成果を予防・創薬・診断・治療といった分野へ応用する研究を展開している。
ユニークな分析技術に裏付けられたメタロミクス研究
これらの研究成果の背景には、独自の生命金属の分析技術がある。「私たちの分析法は、金属を測定する分析技術としてはナンバーワンではないかもしれませんが、生命金属を測定することに関してはオンリーワンとも言える技術を持っています」と小椋は言う。「組織や臓器レベルで分析していた生命金属を、細胞レベルで分析可能となるように分析技術を磨くことで、本研究プロジェクトでの応用展開を目指しています。
その一つが、生物が作り出す金属ナノ粒子(バイオジェニックナノ粒子)の機能解明だ。これまでは、生物は金属をイオンとして取り込み、利用し、排泄すると考えられてきた。一部の微生物を除き、特に高等植物や動物で金属イオンを金属元素に変換することは想定されていなかったのである。
「我々の分析技術により、生体にとって過剰な必須金属や非必須金属のイオンの解毒機構として、高等植物や動物も金属イオンを元素化する仕組みを普遍的に持っていることが明らかになってきました。つまり、ナノサイズの金属粒子として、金属イオンを代謝・解毒しているのです。」この機構を明らかにするためには、ナノサイズの金属粒子を生体試料という高度なマトリクスの中で測定する技術が必要となる。小椋らは、その技術の確立に自信をのぞかせ、環境浄化や資源回収への応用を見据えている。植物を利用して、環境中から有害金属を除去したり、貴金属やレアメタルなどの有用金属を回収したりする技術はこれまでも知られていた。しかし、イオンではなく元素として回収できれば、その効率は従来技術の比ではない。
「我々が確立しようとしている金属ナノ粒子の計測技術は、一つの細胞の中の元素を緻密に計測する技術へと発展させることができます。」これまで細胞集団で測定していた金属濃度を、一細胞ごとに定量可能な手法を確立できれば、金属元素が関与する病態をより精細に解明することにつながる。将来的には、末梢血細胞から得られる一細胞ごとの元素情報というビッグデータを機械学習させることで、疾患予測等への応用が期待できる。
本研究プロジェクトでは、元素のユニークな物理化学的性質を利用した金属含有医薬品の創製や、放射性金属を用いたセラノスティクス(診断と治療を同時に行う新しい医療技術)の実用化に向けた研究も実施する。さらに上原の研究グループでは、小動物用SPECT/CT装置を使った放射性金属の診断・治療の分野での成果を礎に、更なる研究を遂行する。本研究プロジェクトは、まさに生体と金属の関係性を紐解いてゆく包括的な研究拠点としての役割を果たしていく。
(CHIBA RESEARCH 2021より)Members
推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
小椋 康光 | 教授(薬学研究院) | 毒性学 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
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上原 知也 | 教授(薬学研究院) | 放射性薬品化学 |
鈴木 紀行 | 准教授(薬学研究院) | 生物有機化学 |
福本 泰典 | 講師(薬学研究院) | 分子細胞生物学 |
田中 佑樹 | 助教(薬学研究院) | 分析化学 |