先進的骨伝導コミュニケーション
補聴器を超える 革新的骨伝導技術を生み出す
――骨導超音波と軟骨伝導の知覚メカニズムを解明し、新たなデバイス開発につなげる。
研究キーワード:骨伝導、補聴器、生体医工学
高齢化とライフスタイルの多様化を背景に、より多様な聴覚支援機器やオーディオ・デバイスが求められている。人の聴力を補う技術の中でも、「骨伝導」は、これまで中耳や外耳の障 害に起因する伝音性難聴の補聴に用いられてき た。また、近年になって、この骨伝導技術が持つ騒音下で聞き取りやすい、音漏れが少ない、水中での使用が可能といった補聴以外の利点が注目されるようになってきた。しかし、骨伝導の知覚メカニズムは複雑で、十分に理解されているとは言い難い。
「通常の“耳の穴”を介して聴取される音を気導音と言いますが、気導音の末梢伝搬経路がほぼ単一であるのに対し、骨伝導音の経路は少なくとも四つ存在します」。フロンティア医工学センター教授の中川誠司は、こう話す。「骨伝導音の知覚特性は周波数や呈示部位に合わせて如実に変化して、気導聴覚とは大きく異なる特性を示すこともあります」。中川が率いる研究チームは、聴覚メカニズム研究に取り組む中で、「骨導超音波」や「軟骨伝導」などの画期的な骨伝導現象に着目し、そのメカニズムの解明や補聴器、スマートフォンへの応用を図っている。
知覚メカニズムの解明から機器開発へ
骨導超音波は、聴覚健常者はもとより、通常の補聴器の使用が困難な重度難聴者にも知覚される。中川らが試作した骨導超音波補聴器によって、重度難聴者の約半数が音声を知覚可能、約3割が単語の同定が可能という成果をあげている。また、軟骨伝導は、耳介の軟骨に振動子を呈示する技術であり、外耳道閉鎖症患者のための補聴器やスマートフォンに応用されている。
骨導超音波、軟骨伝導ともに画期的な手法であるが、実用化や今後のさらなる普及のためには、音声伝達性能や装用性の向上、関連する工業規格や聴取に係る安全基準の策定といった課題が残る。このような課題の解決には、知覚メカニズムの根本的な理解そのものが不可欠となる。
「骨導超音波や軟骨伝導は本格的な研究が始まって日が浅く、知覚メカニズムに不明な点が多く残ります。例えば、骨導超音波は頸部や胸部、上腕に呈示した場合も容易に知覚されますが、その知覚メカニズムはほとんどわかっていません。一方、骨伝導の技術課題の多くは、骨伝導音の知覚特性や伝搬プロセスについての理解なしには達成できないものです」。
中川は、このようなメカニズムの理解に伴って獲得される高度な骨伝導技術は、新たな応用開発に派生する可能性が高いと考えている。
「例えば、強大騒音下でも使用可能な骨伝 導ヘッドホンと骨伝導マイクロホンや、通常の イヤホンやヘッドホンの装用を嫌がる乳幼児用のイヤホンを開発予定です。また、次世代の情 報端末として期待されるスマートグラスのインターフェースとしても、骨伝導は適しています」。
「本学には、ヒューマン・インターフェース技術や音声・音響信号処理に関する高い技術やノウハウを持った教員がいます。骨伝導技術を主軸としたプロジェクトに結集させることで、新たなデバイスの開発が進んでいます。また、国内外の企業との連携体制も整いつつあります。メカニズム解明という基礎研究と実用化のための応用開発を並行して進めることで、イノベーションに繋げたいと考えています」(中川)。
(CHIBA RESEARCH 2020より)Members
推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
中川 誠司 | 教授(フロンティア医工学センター) | 生体医工学、聴覚科学 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
黒岩 眞吾 | 教授(工学研究院) | 音声言語処理、 福祉情報工学、失語症 |
下村 義弘 | 教授(工学研究院) | 人間工学 |
堀内 靖雄 | 准教授(工学研究院) | 人工知能、ヒューマンインターフェース |
石橋 圭太 | 准教授(工学研究院) | 生理人間学、人間工学 |
大塚 翔 | 助教(フロンティア医工学センター) | 聴覚科学、機械工学 |
前佛 聡樹 | 技術職員(フロンティア医工学センター) | 医用画像処理、ソフトウェア開発 |
関根 雅 | 技術職員(フロンティア医工学センター) | 機械設計、ロボティクス・メカトロニクス |
受賞歴
中川 誠司 | (2018)International Symposium on InfoComm & Mechatronics Technology in Bio-Medical & Healthcare Applications (IS 3T-in-3A) Best Paper Award (First Prize) |
大塚翔 | (2017)第12回 日本音響学会 独創研究奨励賞 板倉記念 「耳音響放射現象に基づく,内耳における音響情報処理機構の解明」 |
黒岩眞吾 | (2017)千葉エリア産学官連携オープンフォーラム2016千葉大学長賞(優秀賞) 「ロボットやタブレットを活用した『失語症者向け言語訓練システム』」 |