リンパ浮腫モニタ
リンパ浮腫の視える化で 患者の苦痛を取り除く
――低コストかつ簡易に使える機器を開発し、早期発見と病状の適切な把握を実現する
研究キーワード:電気インピーダンス・トモグラフィー(EIT)、リンパ浮腫、クラウドコンピューティング
乳がんや子宮がんなどの婦人科がんの手術を受けた患者の約3割に発症する「リンパ浮腫」という疾患がある。手術でリンパ節を切除したり、放射線治療を行ったりすることでリンパの流れが 停滞し、腕や脚に異常なむくみが生じるものだ。「この疾患は長らく見放された後遺症と言われ、ごく最近になって研究者の間で注目がされ始めました」。工学研究院の教授、武居昌宏はこう話す。「発症リスクは生涯続き、発見が遅れると完治できず、心理的負担が大きいのが特徴です。良好な予後のためには、リンパ浮腫のステージ0や 1の早期発見が極めて重要であるものの、未だにその検出機器が存在しないのです」。
武居は、千葉大学の工学、医学、薬学、及び理学の専門家チーム結成し、インターネットを用いた診断機能を持ち、家庭で使えるリンパ浮腫トモグラフィク・モニタを開発することで、リンパ浮腫の診断精度を向上させることを目指している。
小型の電子トモグラフィー
機械工学者である武居の信条は、「目に見えないものを機械を使って視える形にすること」。これまで、電気トモグラフィーのハード ウェア、ソフトウェア、その応用研究に携わっ てきた。トモグラフィーとは断面可視化計測のことを指し、CTとも呼ばれる。医療用CTは数 億円もする大きな機械で、患者自身が家庭で手 軽に使うことは不可能な代物である。この課題 は世界でも認識されており、90年代には、英国のマンチェスター大学において、新しい電気トモグラフィーの理論的な構築が開始された。
「ヨーロッパ・アクション」と呼ばれるこのプロジェクトに、武居も立ち上げ当初から参画していた。研究の過程では難題が続出し、研究者らは、センサ開発、ノイズ低減と高速化を実現するための電気回路開発、数学的な逆問題解法と呼ばれる画像再構成ソフトウェアの開発、産業や生体への応用に関する用途開発など、一つ 一つ課題の解決を図った。しかし、プロトタイプとして完成した機器は、価格が数百万円に上 り、精度も決して良いとは言えなかった。
「当時、もし数万円で手軽に自分の体内を視ることができれば、革新的な機器になると思っていました」(武居)。ブレークスルーに至ったのは、診断機能を持った小型電気トモグラフィーの技術だった。体の外側から多数の電極を配置し、微弱な電流を体内に流す。さらに電位を計測できるウェアラブルセンサと小型のハー ドウェア、数学的なアルゴリズムを用いて、体内の導電率と誘電率の分布を周波数ごとに画像化する仕組みだ。
現在、武居が率いる本研究プロジェクトでは、簡便に使えるIoTリンパ浮腫トモグラフィク・モニタを開発中である。まず、巻くだけセンサの多数電極から、小型計測部で計測した四肢のインピーダンスデータはクラウドコンピュータに送られる。次に、3次元空間に時間軸を加えた四肢断面の4D画像を、専門ソフトウェアによりクラウド上で高速に再構成する。さらに、機械学習を用いて、リンパ浮腫画像のビックデータ解析による早期発見と浮腫ステージ診断を行う。リンパ浮腫の発生や進行の仕組みを解明するためには、工学と医学の知見だけではなく、薬学や理学分野における考察が欠かせない。武居らは、こうした統合的な探求の結果 得られた知見をプロトタイプに実装し、精度と利便性の両方の向上を目指している。これにより、リンパ浮腫患者は、家に居ながらにして、ステージの確認が可能になる。
「最終的には、携帯端末でリアルタイムに病 状を可視化することで、リンパ浮腫に悩む患者さんの苦痛を軽減したいと考えています」。
(CHIBA RESEARCH 2020より)Members
推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
武居 昌宏 | 教授(工学研究院) | 混相流体計測工学 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
秋田 新介 | 助教(医学部附属病院) | 形成外科学、リンパ管マイクロ・サージャリー |
下村 義弘 | 教授(工学研究院) | ヒューマノミクス・デザイン |
菅原 路子 | 准教授(工学研究院) | 細胞工学 |
三川 信之 | 教授(医学研究院) | 形成外科 |
堀越 琢郎 | 講師(医学部附属病院) | 画像診断学 |
山口 匡 | 教授(フロンティア医工学センター) | 生体物性計測、医用超音波 |
眞鍋 一郎 | 教授(医学研究院) | リンパ浮腫 |
菅 幹生 | 准教授(フロンティア医工学センター) | 医用画像工学、MRI、PET、生体物性計測、粘弾性ファントム |
吉田 憲司 | 准教授(フロンティア医工学センター) | 超音波医工学、マイクロナノバブル |
藤本 浩司 | 助教(医学部附属病院) | 乳腺外科 |
錦見 恭子 | 助教(医学部附属病院) | 卵巣癌 |
受賞歴
武居 昌宏 | (2018)経済産業省NEDO NEDO先進的IoTプロジェクト選考会議 審査員特別賞 |
武居 昌宏 | (2018)経済産業省NEDO NEDO Technology Commercialization Program2018 ファイナリスト賞 |
武居 昌宏 | (2015)米国機械学会流体工学部門(ASME-FED) 貢献表彰 |
武居 昌宏 | (2014)Asia Design Engineering Workshop (DEWS2013) Best Presentation Award |
プレスリリース
2016年2月26日 | 第1回千葉大学リンパ浮腫研究シンポジウムの開催 平成28年3月5日(土) |