RNA創薬プラットフォーム
ナノ技術を使って薬物を体内に届ける
――がんや中枢疾患を治療するための薬物送達システムを開発する
研究キーワード:薬物送達学、ナノバイオ、ワクチン
個別化医療の実現に向けて
核酸医薬は、遺伝子の発現を制御して疾患を治療する新たな医療技術として期待されている。この技術の実現には、これらの核酸分子を体内の特定の臓器、さらには標的細胞の細胞質まで届けるためのシステムが不可欠である。
薬学研究院教授の秋田英万が率いる薬物学研究室では、リボ核酸(RNA)を効率的に標的細胞の細胞質へ届けるための脂質ナノ粒子の開発を進めている。
細胞内環境に応答性を示す脂質様材料
秋田らは、設計から開発に5年もの年月を費やし、核酸を細胞質に送達するために有望な分子である環境応答性脂質様材料(ssPalm)を開発し、2013年に発表している。
脂質ナノ粒子は、エンドソームという膜小胞により包まれて細胞内に取り込まれる。細胞内に入った小胞は、リソソームという酸素分解系に輸送される。従って核酸が機能するためにはこの膜小胞から脱出する必要がある。ssPalmには細胞内の環境に応答する2つのユニットを搭載している。
1つは第3級アミンである。このユニットは、エンドソーム内の酸性環境に反応して正に帯電する。正に帯電した粒子は、エンドソーム膜と相互作用を起こし、本膜の不安定化を引き起こす。もう 1つは、細胞内の細胞質物質などの還元環境で開裂しうるジスルフィド結合(SS)であり、エンドソームを脱出した後には細胞質内の還元環境に応答して分解される。この材料の分解はナノ粒子の崩壊、更には内部に搭載した核酸の放出に積極的に寄与する。
2016年のマウスを用いた実証研究で、同チームは、ssPalmを使って形成された脂質ナノ粒子が、効率良くRNAを肝臓へ届け、特定の遺伝子の発現を制御することを示した。秋田らはその後、疎水性部にビタミンEを用いた第二世代のssPalm(ssPalmE)を開発し、ワクチン技術へと応用している。
次世代のがん治療戦略の1つは、「個別のがんに特徴的な遺伝子変化を標的にできるワクチン開発です」と秋田は話す。
ssPalmは、その分子種を変えることにより、生体の免疫を活性化することも可能とする。例えば、2018年に行ったマウス実験で、秋田らは、DNAを封入した脂質ナノ粒子(ssPalmE-LNP)が 免疫を活性化し、抗腫瘍効果を発揮できることを見出している。近年、生体内における免疫抑制機構を解除する抗体が医薬品として使われているが、ssPalmE-LNPは、これらの抗体の治療効果を増強させることができると期待される。
脳疾患治療にも核酸導入技術の開発が期待されている。2018年に行った北海道大学との共同実験において、秋田らはニューロンやアストロサイト(脳や脊髄に見られる星型の細胞で、神経発達や疾患との関連が強く示唆されている)へ核酸を送達するためにssPalmが利用できることを見出している。
メッセンジャーRNA(mRNA)の細胞への導入は、DNAを用いた遺伝子治療と同様、様々な蛋白質を補充する技術であるが、細胞質に届ければ蛋白質が発現することから、核まで届けないと機能しないDNAと比較してもより実用化しやすいと考えられる。一方、医療応用に結び付けるためには、安全性の担保が極めて重要な課題である。
千葉大学薬学部の強みは、ナノ粒子の物理化学的特性や体内動態解析学や、安全性評価に対してユニークな評価技術を有している研究室が多いことである。これらの研究室が集まることにより、 広範な疾患に対して適用可能な新たな薬物送達技術が確立できる。
「社会的ニーズに注意を払うことが肝要です。今まで、当研究室では材料科学を中心に取り組んできており、核酸を用いた治療法の開発に取り組み始めたばかりです。自分たちの専門分野の外に目を配り、元の技術を想定していた範囲を超えて応用することによって、技術革新をもたらすことができると考えています」と秋田は答えている。
(CHIBA RESEARCH 2020より)Members
※所属・職位は支援当時のものです推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
秋田 英万 | 教授(薬学研究院) | 薬剤学、薬物送達学 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
樋坂 章博 | 教授(薬学研究院) | 臨床薬理学、ファーマコメトリクス |
森部 久仁一 | 教授(薬学研究院) | 製剤学、製剤工学 |
伊藤 晃成 | 教授(薬学研究院) | 生物薬剤学、毒性学 |
村田 武士 | 教授(理学研究院) | 膜タンパク質化学、構造生物学 |
小笠原 論 | 特任准教授(理学研究院) | 抗体工学、生化学 |
安西 尚彦 | 教授(医学研究院) | 生理学、薬理学、毒性学、臨床薬理学 |
田中 和揮 | 特任助教(薬学研究院) | 薬剤学 |
東 顕二郎 | 准教授(薬学研究院) | 製剤学、製剤工学 |
植田 圭祐 | 助教(薬学研究院) | 製剤学、製剤工学 |
青木 重樹 | 講師(薬学研究院) | 分子細胞生物学、免疫毒性学 |
畠山 浩人 | 准教授(薬学研究院) | 薬物動態学、ドラッグデリバリー |
佐藤 洋美 | 講師(薬学研究院) | 臨床薬理学、薬理学 |
櫻井 遊 | 特任助教(グローバルプロミネント研究基幹) | 薬剤学、合成化学 |
研究内容
プレスリリース
2020年6月24日 | 細胞の中で自発的に内封物を放出するナノカプセルを開発 |