ENGLISH

次世代研究インキュベータ

先導的ソフト分子の活性化と機能創製

触媒で未来型のスマート材料を創り出す

――ソフト分子からなる触媒を通して、物質の形や機能を自在に変えられるスマート材料を開発する

研究キーワード:合成化学、触媒反応、ヨウ素結合

©️Akiko Sato

物質の形状や機能が必要に応じて変化する材料があったら…という考えには、想像力をかき立てられるものがある。こうしたスマート材料は、自然に存在する化学物質をヒントに作られた人工分子であり、材料設計に革命を起こす可能性をもつ。これらの分子は変化するものの、その変化が可逆的で再現可能であるため、分子スイッチ・弁・センサーとして使うことができる。他のスマート材料としては、曲げても元の形状に戻る形状記憶合金、絶縁体と伝導体に切り替わることができる金属含有ポリマー、必要なときに必要な器官に薬品をゆっくりと放出する薬物送達システムなどがあげられる。

本研究プロジェクトでは、こうしたソフト分子からなる触媒の研究に取り組んでおり、スマート材料の設計に変革をもたらす未来を見据えている。

理学研究院の教授で、研究プロジェクトを率いる荒井孝義は、新たなスマート材料を創り出すため、3種の触媒を用いた強力な触媒の開発に力を入れている。「第1のタイプは、ソフトなハロゲン触媒で、主にヨウ素を使用します。これは、ターゲットを正確に定められる医薬品の開発に使うことができます。第2のタイプは、カーボンナノチューブとグラフェンを用いたソフトπ電子で、触媒作用に独自の反応場をもたらします。第3のタイプはソフトな金属触媒で、これを用いると、金や銅などのソフトな元素を標的分子に導入することができます」。

   

新たな触媒の設計

  

研究プロジェクトでは、新たな不斉触媒の開発を一つの目標として掲げており、これにより非常に特殊な分子の大量生成を行うことが可能になる。生体分子の大半はキラル分子であり、光学異性体と呼ばれる2つの鏡像形うち、いずれか一方の形として存在している。医薬品やスマート材料の多くは、2つの光学異性体のうちの一方しか使用しないため、触媒は正しい方の光学異性体を生成できる化学反応を引き起こさなければならない。

一例として、ヨウ素は、環状分子の特定の光学異性体を合成することに役立てられている。「幸い、千葉県は世界有数のヨウ素生産地の一つなのです。千葉大学では、2018年6月に千葉ヨウ素資源イノベーションセンター(CIRIC)を開設しました。私たちはヨウ素を利用したソフトな分子の活性化法を完成させたいと考えています」(荒井)。

荒井らのチームは、近年、酸素-環化分子の生成反応を高収率化するアミノイミノフェノキシ銅カルボン酸触媒の開発に成功し、光学活性な抗菌化合物や骨粗鬆治療薬合成の反応触媒として用いた。

「私たちの研究で重要なのは、何度も再利用できる触媒を設計することです。再利用ができれば、有用な化合物を生成するために、コストパフォーマンスの優れた、持続可能な方法になります」と荒井は話す。チームでは、亜鉛・ポリマー配位子錯体から作られた再利用可能な触媒を設計し、この触媒は、単純な濾過プロセスで触媒を最終生成物から分離することが可能になった。実際に再利用してみたところ、ポリ亜鉛は、安定した活性触媒として、ヨウ素を利用した環状分子の生成に5回以上使用することができた。

「ソフトな元素を標的分子に導入することで、迅速かつスムーズに応答するスマート材料の開発が促進されるはずです。私たちの研究チームでは、ヨウ素関連ソフト分子活性化の最先端の研究に関心を持つ人を歓迎します。千葉大学で、多様でやりがいの大きいこの分野の研究に、一緒に取り組めることを願っています」(荒井)。

CHIBA RESEARCH 2020より)

Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
荒井 孝義 教授(理学研究院)
研究の総括と推進
有機化学
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
加納 博文 教授(理学研究院) コロイド、界面化学
松本 祥治 准教授(工学研究院) ヨウ素化学
森山 克彦 准教授(理学研究院) 反応化学
吉田 泰志 助教(工学研究院) 触媒化学
一國 伸之 教授(工学研究院) 触媒化学
大場 友則 准教授(理学研究院) 表面化学
山田 泰弘 准教授(工学研究院) 炭素材料、触媒
勝田 正一 教授(理学研究院) 分子分光学、溶液化学
森田 剛 准教授(理学研究院) 構造物理化学
桝 飛雄真 准教授(工学研究院) 有機固体化学、構造解析化学
坂根 郁夫 教授(理学研究院) 生命科学
村田 武士 教授(理学研究院) 生体構造化学
橋本 卓也 特任准教授(グローバルプロミネント研究基幹) 有機合成化学
荒井 秀 准教授(薬学研究院) 有機合成化学
吉田 和弘 准教授(理学研究院) 触媒化学
三野 孝 教授(工学研究院) 触媒化学
城田 秀明 准教授(理学研究院) 分子分光学、溶液化学
原田 真至 助教(薬学研究院) 有機合成化学
原田 慎吾 講師(薬学研究院) 有機化学
上原 知也 教授(薬学研究院) 放射性薬品化学
髙田 護 助教(総合安全衛生管理機構) 腫瘍医学
中島 誠也 助教(薬学研究院) 有機化学
飯田 圭介 助教(理学研究院) ケミカルバイオロジー
山田 泰裕 准教授(理学研究院) 光物性物理学

研究内容

受賞歴

荒井 秀 (2017)平成30年度 日本薬学会 学術振興賞(第1A部門)
荒井 孝義 (2016)「平成28年度有機合成化学協会 日産化学・有機合成新反応/手法賞」
山田 泰弘 (2016)「The Brian Kelly Award 2016」

プレスリリース

2018年1月16日 オーバーリアクションを制御して副生成物に価値を見出す
2016年8月17日 医薬に重要なインドリン化合物の実用的な触媒的不斉合成に成功

研究成果報告(2016年〜2018年)

本プログラムでは、千葉大学の誇る触媒化学、分析化学、マテリアルサイエンスを融合し、新規で付加価値の高い機能性ソフト分子の創製を目指した。平成30年度末までの研究において、ヨウ素の高機能化を目指すハロゲン化学、ソフト金属を用いる分子活性化、ソフトなπ電子系を用いる吸着、分離などの研究を展開し、それらを融合することで学術的にも際立った先進性をもつ触媒化学を樹立することができた。

中でも本プログラムの中心的課題として取り上げている『ソフトハロゲン系』を代表する『ヨウ素』は、千葉県が世界に供給している重要な元素資源であり、平成28年度文部科学省 地域科学技術実証拠点整備事業に『千葉ヨウ素資源イノベーションセンター:Chiba Iodine Resource Innovation Center (CIRIC)』として採択され、平成30年6月に竣工した。また、CIRICにおける産官学の多角的共同研究を効果的に加速させるために『ソフト分子活性化研究センター:Soft Molecular Activation Research Center (SMARC)』を全学共同利用施設として発足させた。これら結実したセンターは、千葉大学グローバルプロミネント研究基幹が目指す「イノベーション創出人材の育成」と「融合分野・新領域創出の基礎となる幅広く多様な学術研究の継承・発展」の明確な成果である。SMARCとCIRICを統括することによって、我々の取り組みは千葉大学化学系最大のプログラムになっている。

以下に代表的成果を示す。

[ソフトハロゲン系]

荒井(孝)はハロゲン結合を基軸とする不斉触媒の開発に成功した (Chem. Comm., 2018, 54, 3847) 。

[ソフト金属系]

荒井(孝)はパラジウム2核錯体を用いる1,3-ジアミンの触媒的不斉合成に成功した (Scientific Reports, 2018, 8, 837)。

[ソフトπ電子ならびにソフトマテリアル系]

星野は金属ナノ酸化物/ビオロゲン複合系による電極膜の開発に成功した (J. Phys. Chem. C, 2018, 122, 22577) 。

大場と山田は共同で、窒素化したグラフェンによるCO2吸着のメカニズムを解明した(J. Phys. Chem. C, 2018, 122, 24143)。

[Soft Chemical Biology]

石橋と荒井(緑)はHedgehog シグナル阻害剤を見出した(ACS Chem. Biol. 2018, 13, 2551)。

特に、本リーディング研究「先導的ソフト分子の活性化と機能創製」を組織した最大の目的は、上記のような異なった分野間の研究を「ソフト分子活性化」をキーワードに融合することにある。ソフトハロゲン系とソフト金属系の化学を融合したヨードラクトン化の新概念を確立できたことは、ソフト分子活性化が成功した証である (iScience 2019, 12, 280) 。