エンドオブライフケア教育研究拠点
最期を迎える人々のためのケアのあり方を探る
――急速な高齢化が進む日本で 終末期ケアのための市民・医療者協働型の研究戦略を打ち立てる
研究キーワード:臨床看護学、エンドオブライフケア、超高齢多死社会
日本は今、人口動態上の危機に瀕してい る。65歳以上の人口の割合は、既に日本の全 人口の4分の1以上を占める。高齢者の割合は、今後も増加する。2060年には日本人の5人のうち2人が高齢者になり、日本の長期ケアシ ステムへの負担が実施面でも資金面でも莫大なものになると予測されている。
本研究プロジェクトのメンバーは、高齢者 支援に携わる市民と医療専門職の連携を促進することで、偏りのある人口構造の影響を軽減しようとしている。看護学研究科の准教授で、エンドオブライフケア教育研究拠点の推進責任者である増島麻里子は、日本の高齢者が終末期を苦痛なく尊厳を保ちながら生活し、自身の希望や目標をかなえられるように、市民・医療者協働型の研究戦略を打ち立てることを目指している。
「日本においては、自分自身のエンドオブ ライフケアについて、もっと率直に話し合えるよう働きかける必要があります」と、増島は指摘する。そうすることで初めて、死を 目前にした人々や、いつかは来る死へと向かう人々が、診断名や健康状態、年齢にかかわらず、最善の方法で人生の限りある時間を生ききることができる。
同拠点は、国内で最初に創設された看護学 研究科である千葉大学大学院看護学研究科内に設置されている。ここには、倫理学・工学 ・医療経済学・医学など、様々な分野を専門とする幅広い人材が集まり、4つの研究グループに分かれて共同研究を進めている。
高齢期に備える
第1の研究グループは、高齢者がこの先の人生に備えるための支援に着目している。高齢者に向けたウェブベースの教育ツールの開発を行っており、利用者が、様々なアニメーションシナリオを用いて、急激な病状進行や認知機能の喪失といった終末期に生じやすい問題について考えることができるようになっている。このツールの試行版は、小規模な事 前調査で好評であったため、現在、利用者にとってより使いやすくするための新たな機能の搭載を進めている。
第2の研究グループは、遠隔センサーを使用して、長期ケア施設に入居する高齢者の身体活動を検出する技術監視システムの開発を進めている。
「高齢者のバイタルサインや身体活動の変化をセンサーで追跡することにより、看護研究の推進とエンドオブライフケアの両方に役立ちます」と、増島は話す。「このシステムを導入することにより、思うように意思を伝えることができない虚弱な高齢者に対し、看護師や介護者がその苦痛や不快感に気付くよう手助けできます」。同システムは予備調査のために、介護の現場に近く導入される予定である。
第3の研究グループは、世界的な情報発信に 重点的に取り組む。既にタイ、台湾、韓国、北アイルランド、日本の研究者とのつながりを確立している。第4のグループは、市民や学生を含む医療関係者向けの教材の開発も行う。
「「医療系学生は、終末期の問題について、 考える機会がもっと必要です。残念なことに、現在の医療教育は、生命維持に向けた治療に注目しがちですが、人生の最期を迎える人々のためのケアも必要なのです」(増島)。 本研究プロジェクトでは、急速な高齢化に直面する私たちの社会において、エンドオブライフケアの重要性を広く知ってほしいと考えている。
Members
※所属・職位は支援当時のものです推進責任者
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
増島 麻里子 | 准教授(看護学研究科) プロジェクト統括・推進 |
がん看護学 EOLC看護学 |
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 | 役職名 | 専門分野 |
---|---|---|
酒井 郁子 | 教授(看護学研究科) | 高齢者看護学 看護管理学 専門職連携学 |
石橋 みゆき | 准教授(看護学研究科) | 地域看護学 高齢者看護学 |
池崎 澄江 | 准教授(看護学研究科) | 高齢者看護学 医療統計学 専門職連携教育研究 |
石丸 美奈 | 准教授(看護学研究科) | 地域看護学 |
佐藤 奈保 | 准教授(看護学研究科) | 家族社会学 小児看護学 |
辻村 真由子 | 准教授(看護学研究科) | 訪問看護学 |
渡邉 美和 | 助教(看護学研究科) | がん看護学 成人看護学 |
高橋 在也 | 特任講師(看護学研究科) | 教育学 哲学 |
井出 成美 | 特任准教授(看護学研究科附属専門職連携教育研究センター) | 地域看護学 専門職連携学 |
石川 崇広 | 特任助教(医学部附属病院) | 老年医学 糖尿病・代謝・内分泌学 |
小林 美亜 | 特任准教授(医学部附属病院) | 医療経済・政策学 看護管理学 |
黒岩 眞吾 | 教授(工学研究院) | 福祉情報工学 音声情報処理 |
梅澤 猛 | 助教(工学研究院) | 知的情報処理 ヒューマンインターフェース |
秋田 典子 | 准教授(園芸学研究科) | 空間計画 空間管理・評価学 |
関谷 昇 | 教授(社会科学研究院) | 政治学 |
川瀬 貴之 | 准教授(社会科学研究院) | 法哲学 生命倫理学 |
磯野 史朗 | 教授(医学研究院) | 麻酔科学 呼吸生理学 |
田口 奈津子 | 准教授(医学研究院) | 緩和医療学 |
雨宮 歩 | 助教(看護学研究科) | 看護理工学 歩行解析 |
関根 祐子 | 教授(薬学研究院) | 医療薬学 |
研究内容
受賞歴
増島 麻里子 | (2016)「Awards of the Excellent Poster The 11th International Conference Innovative Nursing Care & Technology」 |
研究成果報告(2016年〜2018年)
本研究は、超高齢社会における我が国の未来を見据え、高齢者個人のみならず地域全体で包括的にEnd-of-Life Care (EOLC)を展開する市民-専門職連携型教育研究拠点の形成を目指し活動した。高齢者が人生を豊かに生ききることを支えるEOLCの実現に向けて目標を4点定め、AGEDと称される研究目標に沿ったグループが、相互に連携し研究遂行に取り組んだ(右図)。成果および達成状況の概要を、以下に述べる。
目標(1) 市民-専門職連携型EOLC教育開発・展開:Education and Learningグループ
目標(2) EOLC国際教育研究拠点の形成:Globalグループ
目標(3) Advance Care Planning(ACP)を核とする情報通信技術(ICT)を用いたEOL対話プログラムの開発・展開:ACPグループ
目標(4) 高齢者EOLC現状解明と教育研究への往還:Development of Practiceグループ
1.推進研究の純粋学術的見地からの達成状況
<ACPグループ>超高齢社会を生きる高齢者や近親者が、共に将来の終生期における生き方や終末期医療についてあらかじめ考えられるようなICT版の対話促進ツール試行版を開発した。対話促進ツールの有用性を検証する目的で、成人を対象に評価研究を行い、その結果から日本の高齢者にとってより使いやすく、効果的なツールへと機能を改善させた。
<Globalグループ>欧州緩和ケア学会に国際レポートを投稿したことをきっかけに、日本のEOLCの現状に関するメディアインタビューを雑誌エコノミストにより受けた。また、2018年に香港で開催された国際精神腫瘍学会等のシンポジウムで、招聘演者として研究成果に関する講演を行った。
<Education and Learningグループ> EOLC教育プログラムを独自に開発し、医療系以外の学生も含む大学生、医療系学部生、大学院生、市民への終生期教育を展開し、評価研究に取り組んだ。
<Development of Practiceグループ>高齢者介護施設の入所者を対象に、非侵襲ベッドセンサーシステムを用いてバイタルサインズデータを継時的に追跡し、終生期における変遷を解析した。
2.構築する国内外研究ネットワークの達成状況
国外研究ネットワークについては、これまでのEOLC国際シンポジウムにおける招聘や、招聘をきっかけとした継続的な交流を積極的に行った。そして関わった20名以上の海外研究者の中から、長期的に連携できる研究ネットワークの基盤を構築した。
3.社会実装,イノベーション創出における成果・効果
本看護学研究科は、アデレード大学のジョアンナブリッグス研究所 (Joanna Briggs Institute: JBI)本部より、エビデンスに基づくシステマティックレビューを行う認定施設Japan EBP Chiba(The Chiba University Centre for Evidence Based Practice: A Joanna Briggs Institute Affiliated Group)として、2017年9月に正式に認定され、研究科組織にも公的に位置づいた。特許については、ミネベア社製高性能ロードセル(Bed-Sensor vital sign monitoring System :BSS)を用いた離床希望検知センサ(特願2017-177825)、千葉大学産業連携共同研究創出支援プログラム:点滴等自己抜去予防システム(2019年申請)を開発した。
4.その他 (若手研究者の育成)
博士後期課程大学院生1名、前期課程大学院生2名が、当教育研究プロジェクトに参加し。 2017年11月には、グローバルな研究者育成カリキュラムに関する研修を開催し、学部生や大学院生、助教等の若手研究者約20名が参加した。また、助授および大学院生ら6名がシステマティックレビュー研修プログラムを修了し、研究能力の向上を図った。