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次世代研究インキュベータ

未来型公正社会研究

より公正な世界に向けた政策の立案を支える

――現代のグローバル社会の中で生きる人々の課題を把握し多様性を尊重する新たな原則を探る。

研究キーワード:グローバル福祉社会、学際的社会科学、公正

    

グローバル化が進むにつれ、異なる国籍や文化、背景をもつ多様な人々が公正で平等に扱われるように保証することが求められている。公正なグローバル社会を創り出すために、世界の全ての国々において、十分な情報に基づく政府政策や、地方・地域・国の各レベルでの強力な支援ネットワークによる強固な基盤を作ることが急務となっている。

正義と社会的変化に関する既存研究の多くは、西洋社会を対象とする研究であった。一方で、アジア諸国におけるここ数十年の急速な変化によって、アジアでの公正な社会構築を主題とした研究分野が生まれ、発展を続けている。

本研究プロジェクトは、学内の法学・政治学・経済学・社会科学分野の研究者らが集まって立ち上げられた。公正社会に向けた学際的な研究拠点を創出し、今後の国・地域・国際社会の政策立案に情報提供することを目指している。

プロジェクトを率いる社会科学研究院教授の水島治郎は、主要コンセプトは「公正」だという。「公正は、正義を構成する基本的要素と定義されます。私たちは多くの場合、公正性は正義に勝ると考えています。公正性とともに、平等や自由といった価値も重視しています」 。

ヨーロッパの福祉国家改革を主たる研究テーマとする水島は、同プロジェクトの最終目的は、従来的な平等の議論を超えて、グローバル社会の中で生きる人々の多様性を尊重する新たな原則を打ち立てることにあるとしている。

どうすれば公正な社会が実現できるのか?

同プロジェクトは、4つの研究班と、研究成果を広く発信するための6つの部会で構成される。これらの研究班と部会は、ジェンダーの不平等・所得格差の拡大・移民問題・地域共同体や限界集落の崩壊など、日本や世界で問題になっている様々な規模の不公正な慣行に対峙し、克服していくことを重視している。

とりわけ、大都市と地方都市間の格差、ジェンダー・ギャップの解消に向けた提言と実践が「分断」を乗り越える上で不可欠だと考えている。

また、既存の福祉国家モデルの発展・変遷・限界に関する研究では、21世紀において公正な社会を実現するための経験的エビデンスを提供することを狙いとする。水島は、これまで長い年月をかけて、オランダにおける福祉国家的側 面についての研究に従事しており、グローバル経済の変動や高齢化などの社会的課題への対応などについて知見を深めてきた。

「公正性は、古代から法哲学や政治哲学の根本的なテーマです。部会の一つでは、平等や公正を歴史的視点から検討し、各時代における政治、経済、法律の理念の比較を行っています。また、別の研究班は、21世紀における公正性の意味を分析し、プログラムの基盤となる原則的指針を提起しようとしています」

水島らのチームでは、世界の研究者たちとのネットワーク形成を強めることを計画し、これまでに5回の国際シンポジウムを主催している。プログラムのメンバーの多くは、地方や国の政策決定のための委員会に関与しており、私たちの研究成果を政策立案者に伝える重要な役割を果たしています」(水島)。

同プロジェクトでは、日本語・英語で研究成果をまとめた論集を刊行しており、法律・政治から社会学・経済学に至るまで、分野を問わず、社会科学に関心を持つ人を歓迎している。

CHIBA RESEARCH 2020より)

Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
水島 治郎 教授(社会科学研究院)
研究の統括
ヨーロッパ政治史、比較政治
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
小林 正弥 教授(人文社会科学研究科) 政治哲学、公共哲学
大石 亜希子 教授(社会科学研究院) 労働経済学、社会保障論
石戸 光 教授(国際学術研究院) 国際経済論
荻山 正浩 教授(人文社会科学研究科) 日本経済史
皆川 宏之 教授(社会科学研究院) 労働法
五十嵐 誠一 教授(社会科学研究院) 国際関係論、アジア政治
藤澤 巌 教授(社会科学研究院) 国際法
佐藤 健太郎 准教授(社会科学研究院) 日本政治史
川瀬 貴之 准教授(社会科学研究院) 法哲学
米村 千代 教授(人文科学研究院) 家族社会学、歴史社会学
小川 玲子 教授(社会科学研究院) 社会学、移民政策
李 想 准教授(社会科学研究院) 国際政策論、国際環境経済学

研究内容

受賞歴

水島 治郎 (2017)「第38回 石橋湛山賞」

研究成果報告(2016年〜2018年)

本研究育成プログラムは、千葉大学法政経学部が、21世紀COEプログラム「持続可能な福祉社会に向けた公共研究拠点」2004-2009)及び組織的な大学院教育改革プログラム(大学院教育GP「実践的公共学実質化のための教育プログラム」2007-2010)を通じて培った公共学研究の成果を活用し、2016年から3年間のリーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」として実施してきたものである。

これまで本研究は、社会科学系複合学部である法政経学部の強みを活かし、法律・政治・経済からなる学際的アプローチに基づき、国内外の最先端の研究者とネットワークを築きながら21世紀型の「新しい公正」を提示すべく、規範・政策・歴史の分析を進めてきた。具体的にはすでに5回に及ぶ公正をめぐる連続国際シンポジウム“Chiba Studies on Global Fair Society”を開催し、海外の有力研究者を招聘して議論を重ね、共同研究を積み上げてきた。

特に2016年の移民の国際移動とジェンダーを扱った第1回シンポジウム“Migration, Gender and Labour in East Asia”の各報告は、その後の綿密な国際共同作業を経て、2018年にReiko Ogawa, L. Chan, Akiko S. Oishi, et al., Gender, Care and Migration in East Asiaとして、英国のPalgrave Macmillan社より公刊されている。世界的に著名な学術出版社から国際共同研究の成果が刊行され、海外に広く発信されたことは、当研究育成プログラムの研究が国際的に卓越していることの証左であり、千葉大学人文社会科学分野のグローバルに伍する研究水準を、国内外に高らかに示すものであると自負している。

以後も、グローバルな不公正と地域統合の関係を問う第2回シンポジウム “Whither the ASEAN Integration: A Focus on its Inclusiveness”、「公正」の理論的・規範的考察を検討した第3回シンポジウム“Future of Fairness: Comprehensive and Normative Examination”、「コミュニティの幸福と公正」をテーマとした第4回シンポジウム“Understanding and Promoting Community Well-Being”、グローバル福祉社会を展望する第5回シンポジウム“Towards a Global Welfare Society: Care, Gender, and Migration in East Asia”と国際シンポジウムを継続して開催し、その成果はやはり論文刊行、学術雑誌の特集号掲載などを通して発表されている。

またこれら国際的活動と並行し、近代日本を「公正」の観点から批判的に検討する研究会も継続的に開催し、成果として学内外12名の研究者の執筆する論文集『公正から問う近代日本史』(吉田書店)を2019年3月に刊行した。

さらに推進責任者の水島は2016年、既成政治への不満と「不公正感」が生み出すポピュリズム現象を分析した『ポピュリズムとは何か』(中公新書)を刊行したが、同書は混迷する現代政治を解明した画期的研究として高く評価され、10刷5万部のベストセラーとなり、また第37回石橋湛山賞を受賞した。中国語訳『民粋時代』も刊行されている。


上記の研究活動と並行して、社会貢献も進めている。研究グループメンバーは、千葉大学における公開講座出演に積極的に参加し、公正社会のあるべき姿をめぐる講演活動を行ってきた。また、国際シンポで招聘した外国人研究者には、日本の一般人向けの公開講演の実施を依頼し、同時通訳や逐語通訳により、地域住民や関心のある一般市民にわかりやすく最先端の知見を披歴いただいている。

このように本研究は、英語圏・中国語圏をはじめ国内外に「公正」をめぐる研究成果を学術界、市民社会などに積極的に発信し、最高水準の学術拠点としての千葉大学の存在感を飛躍的に高めることに成功してきたといえる。