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研究部門

ハドロン宇宙国際研究拠点

ニュートリノの観測で宇宙の起源を探る

――南極点の氷の中で検出されるニュートリノと数値シミュレーションにより、宇宙誕生の仕組みを探る
研究キーワード:ニュートリノ天文学, 宇宙線, 南極, 素粒子実験

人はこれまで数万年にわたって、星の観察を行ってきた。最初は裸眼だったが、やがて光学望遠鏡が使われるようになり、最近では可視範囲をはるかに超えた電磁スペクトル領域の光を検出できる装置が使われている。こうして過去半世紀にわたって天文学が驚異的に進歩を遂げたものの、宇宙の全貌は未だ明らかにされていない。宇宙全体は、未だ知られていない物質や放射線の起源、星々の媒質と光との相互作用によって覆い隠されているためである。

科学者たちは今、光ではなくニュートリノを用いて、これまで見ることがかなわなかった最も神秘的な宇宙の深淵をのぞき込もうとしている。ニュートリノは、質量がほぼゼロの素粒子で、光に近い速度で宇宙の中を移動し、磁場によって偏向されたり、物質に吸収されたりすることがない。

理学研究院教授の吉田滋がセンター長を務めるハドロン宇宙国際研究センター(ICEHAP)は、南極アムンゼン・スコット基地の深氷河におけるアイスキューブニュートリノ観測所(IceCube Neutrino Observatory)を運営する国際共同実験グループに参画している。吉田は、「天体物理学においてまだ解明されていない最古の謎のひとつが、高エネルギー宇宙線とニュートリノの起源です」と話す。「ニュートリノ観測によって、宇宙への新たな扉が開きました。ニュートリノ観測と宇宙プラズマの強力なコンピュータシミュレーションとを組み合わせれば、ついにこの謎を解決できるかもしれません」。

アイスキューブ国際共同実験

ニュートリノは、光の粒子である光子に次いで、宇宙で最も豊富に存在する粒子である。超新星、銀河核、ブラックホールなど、最も激しい事象であると同時に、未だ解明が進んでいない宇宙現象によって生じている。ニュートリノは、誕生後、ほとんど吸収されることなく発生源から真っ直ぐに進むため、このような謎めいた天体の中心で何が起こっているのか、そこから発せられるメッセージの伝達者として理想的だと考えられている。一方で、吸収されることなく真っ直ぐ進むというその特性ゆえ、検出が非常に難しいという特徴をもつ。アイスキューブ国際共同実験には、12カ国52機関の物理学者約300人が参加し、高エネルギー粒子を検出するために尽力してきた。

アイスキューブ観測所は、南極基地の下深くにある水晶のように透明な1立方キロメートルの氷である。これほど大量の透明で純粋で安定した氷と、科学研究のサポートに必要なインフラがある場所は、地球上で唯一南極だけである。氷の中に多数の縦穴を掘削し、その穴に合計数千機もの精巧な光検出器がひも状に吊り下げられている。この装置によって、ニュートリノと酸素や水素の原子核とが衝突したときにまれに生じるエネルギーの爆発を捉えること南極大陸のアムンゼン・スコット基地ができる。アイスキューブを毎日通過する 1024個(1兆の1兆倍)のニュートリノのうち、この施設が記録できるのは、わずか数百個の高エネルギーニュートリノの衝突にすぎない。これは、ニュートリノ流束のごくわずかな一部だが、研究を進める上では十分すぎる数である。ICEHAPのメンバーについて吉田は、「私たちは、高エネルギー宇宙ニュートリノの発見において重要な役割を果たしてきたことを誇りに思っています」と話す。

高エネルギー宇宙への理解を深めるため、ICEHAPが貢献しているもう一つの取り組みが、スーパーコンピューターによる膨大な数値シミュレーションのプログラムを用いた高ニュートリノ生成の物理的メカニズムに関する研究である。「我々のシミュレーションは、これらのニュートリノが運んでくる隠れたメッセージを発見するとともに、発生源において高エネルギー宇宙線が加速する物理的メカニズムを明らかにする上で役立っています」(吉田)。2018年、アイスキューブ共同研究チームはついに、特殊なタイプの銀河(TXS 0506+056)が宇宙ニュートリノの発生源であることを発見した。この成果は、科学誌『サイエンス』の「今年の10大発見」の1つに選定された。2022年には、アイスキューブのアップグレード計画が始動し、千葉大学チームが開発した「D-Egg」新型検出器が南極点の氷河下に埋設される。吉田らの歩みは確実に前進している。

CHIBA RESEARCH 2020より)


 

Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
吉田 滋 教授(理学研究院・ICEHAP)
全体統括 スポークスパーソン
ニュートリノ天文学
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
石原 安野 教授(グローバルプロミネント研究基幹・理学研究院・ICEHAP)
研究班1ワーキングリーダー
ニュートリノ天文学
永井 遼 特任助教(グローバルプロミネント研究基幹・理学研究院・ICEHAP) ニュートリノ天文学
松元 亮治 教授(理学研究院・ICEHAP)
研究班2統括 研究班3
宇宙物理学
松本 洋介 准教授(グローバルプロミネント研究基幹・理学研究院・ICEHAP) 宇宙プラズマ物理学
花輪 知幸 教授(先進科学センター・ICEHAP) 天体物理学
石山 智明 准教授(統合情報センター) 数値天体物理学
堀田 英之 准教授(理学研究院) 宇宙プラズマ物理学
金 賢一 特任研究員(理学研究院) ニュートリノ天文学

研究内容

受賞歴

吉田滋、石原安野 (2019)「仁科記念賞」
石原 安野 (2019)第25回読売新聞「ゴールド・メダル賞」
堀田 英之 (2018)第2回 アジア太平洋物理学会プラズマ物理部門「Yong Researcher Award」
石原 安野 (2017)「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017」
石原 安野 (2017)「第37回 猿橋賞」

プレスリリース

2021年3月11日 1960年に予測された素粒子の標準理論「Glashow共鳴」を世界初検出
2018年7月16日 IceCube(アイスキューブ)ニュートリノ観測施設がアップグレード 千葉大学チームの開発した新型検出器採用
NSF mid-scale award sets off the first extension of IceCube
The IceCube Upgrade: An international effort
2018年7月13日 史上初、宇宙ニュートリノとγ線による ニュートリノ放射源天体の同定に成功
2017年9月25日 宇宙線誕生過程の解明に大きく迫る スーパーコンピュータ「京」を使った1兆粒子シミュレーションで 強い天体衝撃波の3次元構造を世界で初めて解明
2016年12月2日 従来の宇宙線の生成モデルが覆るか!? 幽霊粒子ニュートリノの観測から新たな発見 ~最高エネルギー宇宙線の源とは何か 解明へ一歩前進~
2016年12月2日 式が書ければ「京」が使える - 高度なプログラムを自動生成できる新言語「Formura」を開発-